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カテゴリー:加藤望へのメッセージ

2007年07月30日

寡黙 静かに燃える男

「選手を見抜く力」年齢で判断する指導者も多いなか、活躍の場を与えてくれたベルマーレには感謝。義理人情に厚い男はしっかりと足跡を残すに違いない。

年に数回食事をする機会があるが引退なんて話は皆無。それどころか「今になって見えてきたこともある・今だから出来ることもある」と常に前向き。また大事な試合で負けたあとも「悔しいが絶対諦めない」と闘志を燃やしている。

多くの方に平塚競技場で加藤望の「職人技」と「闘志あふれるプレー」を見てほしい。きっと解る!プレー年齢29歳の根拠が。J1昇格に向け頑張れ!望!


株式会社タスク
代表取締役 佐野 寿宏
東北学院高校サッカー部 OB

2007年08月24日

加藤 望選手へ

 将来一流のプロになるには、高い技術は勿論のこと、的確な判断状況、強いフィジカルが
必要です。また、精神面においても飽くなき闘争心(負けず嫌い)、忍耐強さ、旺盛な研究心、
仲間への思いやり(真の協調性)などを持ち合わせていることが重要です。そして更に怪我に
強いことも大切なポイントです。
 望君はサッカー選手として特に重要な育成時代の6年間を東北学院で過ごしましたが、
前述の資質を全て持ち合わせていました。そうでもなければ今日この年齢(失礼・・・)まで
プロ選手として活躍出来るはずがありません。
 今後も、OBのプロ第一号として、また後輩のためにも完全燃焼して欲しいと強く思って
います。怪我には十分留意し更なる飛躍を期待しています。

東北学院中学・高校サッカー部
総監督 壱岐 洋治

2007年09月19日

加藤望選手へ

「1999年から2002まで、柏レイソルで一緒に仕事をさせて頂きました。
私は韓国人選手の通訳。つまり、洪明甫(ホン・ミョンボ)、黄善洪(ファン・ソンホン)、柳想鉄(ユ・サンチョル)の通訳だったわけです。

通訳の仕事は十年を超えましたが、柏レイソルでの4年間は特に、毎日の日々が本当に緊張感があって充実していました。
99ナビスコ杯優勝、最終節までもつれ込んだ2000年のJリーグ優勝争い、語り出すと枚挙に遑はありません。

プロサッカーチームにおいて誇らしい成績・結果を与えてくれた、カッチーニョ・つまり加藤望選手をはじめとする各選手、スタッフに今でも感謝しています。あの頃の柏レイソルは1-0ならば勝てそう。2-0ならば間違いなく勝てる、という全ての選手が守備の意識の高い、派手ではないけれど強いチームだったと思います。
その守備的な戦いのなかで貴重な得点をカッチーニョは実に多くあげてくれました。
1999年の京都パープルサンガとの開幕戦は1-0で柏レイソルが勝ったのですが、この試合がその後、何年間の好成績をおさめる大きな契機になった、象徴的な試合だったと今でも思っています。押されながらも最後のところで堪え、虎の子の1点を守り抜いた。その決勝点を上げたのはやはりカッチーニョ、君でした。

今年は2007年。あのJリーグ1999開幕戦から8年の年月が過ぎました。ミョンボはすでに現役引退、今は韓国五輪代表のコーチをしています(8月末、会ってきました)。ソノンは2002年日韓ワールドカップの直後、現役を引退し、Kリーグの全南ドラゴンズというチームのコーチを4年間して、今年はイングランドで指導者の勉強をしています。
ミョンボと同じ年で、今、現役としてピッチに立ち、活躍していることは本当に素晴らしい。サッカーの神様が君のプレーはまだまだスタジアムにとって必要なのだ、と決めたのでしょう。
また、私がミョンボとスタートした通訳の出発点、湘南ベルマーレでプレーしているということも縁を感じます。

ところで、私は韓国人選手の通訳のをする前、私はカメラマンでした。君が大学生プレーヤーだった頃、撮った渾身の一枚がこれ。私にとってもお気に入りの写真です。いい、写真じゃないですか?」

㈲タカ・マネージメント
取締役社長
高橋建登
元、柏レイソル、湘南ベルマーレ、横浜Fマリノスにて、韓国人選手の通訳を務める。

高校時代の加藤望

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~1998年の新聞記事より~

2008年06月16日

洪明甫氏からの祝福コメント

2008年06月13日

6月12日にU-23日本代表対U-23カメルーン代表の試合が国立競技場で行われた。
この試合に、U-23韓国代表チームの洪明甫(ホン・ミョンボ)コーチが視察に訪れていた。

洪コーチと加藤望選手は、かつて柏レイソルでチームメイトだった。
二人は1999年から2001年まで共にプレーし、
柏レイソルの黄金期の中心選手であったことは誰も否定できない。

洪コーチは1969年2月12日生まれ。
加藤選手は1969年10月7日生まれ。
洪コーチは2004年末で現役を引退したのだが、
加藤選手はその3年以上も現役プレーヤーとして走り続けている。

国立の試合の翌13日、
慌ただしく帰国の途に付く洪コーチに
「加藤望選手、覚えているでしょう? まだね現役だよ、ベルマーレでプレーしているよ」
「この前の試合でJ1、J2合わせて400試合出場の記録を立てたんだ」と話しかけてみた。
「ホント? それは凄い。今度会ったら本当におめでとうと伝えて」と洪コーチ。

続いて、
「そうだなあ、加藤選手だったら、もっと記録を延ばせるんじゃない。次の目標は
“誰にも破られない記録”だね」
と嬉しそうに話していた。

洪コーチのJリーグでのキャリアは湘南ベルマーレからスタートした。
加藤選手も洪コーチも、レイソルとベルマーレのみがJリーグでの所属チーム。
不思議な縁ですね。

そういえば1998年フランスワールドカップ出場を記念して植樹をしたんですよ、平塚競技場に。
ベルマーレに所属していた日本代表と韓国代表の選手そろって。
10年が過ぎ、大きく育ったかなあ?しっかりと写真を撮って、韓国にもおくらないとね。


高橋建登 
湘南ベルマーレ、柏レイソルでの韓国人選手の通訳。
加藤望選手ともチームメイト。
㈲タカ・マネージメント社長。
日韓サッカーのパイプ役として活躍中


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